自分の心は分からない?
「規範意識」と「迷い」が生む人間らしさ[中編]

本シリーズ「心のゆらぎを知る」では、MENTAGRAPH代表の安達淳とさまざまな分野の専門家との対話や、インタビューを通じて、心と向き合うことの意味を探っていきます。

第1回のゲストは、プロダクトデザイナーの深澤直人氏。MENTAGRAPHの構想段階初期から思想づくりに参画し、自身が率いるNAOTO FUKASAWA DESIGNではスマートリング型デバイス「Mentoring 2」のデザインも手がけています。

前編では、深澤氏に「張り」という言葉の概念を明らかにしていただきました。中編ではそれを受け、「日々のストレスとどう向き合うべきか」、そして「自分の心を理解することの難しさ」などに関して、ふたりの対話が続きます。

[前編]深澤直人×安達淳の対話。「心を記述する」デザインと張りの概念
深澤氏のアトリエにて。右は深澤直人氏、左はMENTAGRAPH代表の安達淳
【プロフィール】
深澤直人(プロダクトデザイナー)
NAOTO FUKASAWA DESIGN代表、日本民藝館館長、多摩美術大学副学長。無印良品の壁掛式CDプレーヤーやau「INFOBAR」など、人の無意識な行動に寄り添うプロダクトデザインを手掛けることで知られる。イサム・ノグチ賞、iFデザイン賞金賞など受賞多数。

安達淳(MENTAGRAPH株式会社 代表取締役/日本たばこ産業株式会社 D-LAB ディレクター)
JTグループのコーポレートR&D組織であるD-LABにおいて、新規事業企画・開発を担い、MENTAGRAPH株式会社を設立。前職はUX系のコンサルティングファームで、2018年より日本たばこ産業株式会社に参画。現在に至る。
⚫︎ストレスが持つ両義性と役割とは

――静かな時間が流れる深澤氏のアトリエで展開される、ふたりの対話。今回は「ストレス」という言葉に対する見方を問い直すところから始まります。「ストレス」は人が避けるべきもの、減らすべきものとして扱われがちですが、別の角度から捉え直すことはできないか? そんな問いを、まずは安達が投げかけます。

安達:
MENTAGRAPHというプロジェクトは当初、ストレスを中心としたネガティブな事象への対応からスタートしました。でも、神経科学の専門家の方と話をした際、「ストレスには悪い面だけでなく、いい側面もある」と教えていただいたのです。
実際、プレッシャーを糧に優れたパフォーマンスを発揮する方もいますし、適度な緊張感がなければ命の危機につながるような環境もあります。つまりストレスには両義性があり、外の世界に対して「押し返す力」を含めて可視化することが、実はとても大事なことだと気づかされたのです。
ストレスの両義性に気づいた経緯を振り返る安達
深澤:「ストレス」という言葉にはネガティブな印象があります。でも、直訳すれば「圧」という意味ですよね。アスリートの世界では、例えば陸上の100M走では、走る前に震え出すような緊張がないと1位になれない、なんてこともいわれています。プレッシャーに対し、それを押し返す力を自分でつくり出すことで勝っていく。今の時代は特にそうですが、プレッシャーがなく暇でやることがない状態でいることは、自分が干されているような感覚になって逆に苦しみや悩みにもつながるものなのです。


⚫︎自身の状態を客観視することの難しさ

――話題は、心の状態を自分でどう把握するのかという問題へと移ります。「自分のことは自分が一番分かっている」。多くの人がそう信じていますが、安達はその前提そのものに疑問を投げかけます。

安達:
「心のゆらぎ」と向き合う中で行き着いたのは、「結局、自分の心の状態は自分では分からない」という根本的な事実です。疲労やストレスに気づいた瞬間には、実はすでに心はギリギリの状態になっていることが多い。私たちが一番向き合わなければいけないのは、「自分のことは自分が一番分かっている」というおこがましさ——自分でわかっていると言い切れてしまうことの危うさだと思っています。

深澤:そうですね。デザインの世界でもそうですが、空間における「張り」や「拮抗する力」を読めないとどんどんまとまりを失っていき、カオス(混沌)になっていきます。そういう見えない感覚のネットワークの中で、いかにバランスを取るかが問われているのです。


⚫︎規範意識の強さが心を見えなくする

――ふたりの対話は、さらに人の内側へと進みます。なぜ人は、自分の状態を見失ってしまうのか? 安達が口にしたのは、「規範意識」という言葉でした。

安達:
なぜ自分の心の状態が見えなくなってしまうのか。その原因のひとつに「規範意識」があると感じています。「こうしたい」という自分の気持ちよりも、「こうしなきゃいけない」というルールの間に苛まれてしまう。人の真面目さゆえの刷り込みが、身体のSOSを無視させてしまうのだと思うのです。

深澤:過剰な情報や外圧に対する対処法のひとつに、「積極的無頓着」という考え方があります。自著『DESIGN SCIENCE_01』に書いたもので、小説家の平野啓一郎との対話がきっかけになっています。知らんぷり、というと言葉が悪いけれど、あえて無頓着でいることを積極的に選ぶ。外圧を自分の中で処理できず、誰かにルールで縛ってもらおうとするから苦しくなる。「自分の心は揺らいでいるものだ」と自覚すれば、もっとしなやかに生きられるはずだ、というわけです。
「積極的無頓着」という考え方に触れ、しなやかに生きるための方策を提示する深澤氏
安達:つまり、すべてを真正面から受け止めようとしなくてもいい、ということですね。


⚫︎「迷い」がもたらす心の柔軟性

――ここで深澤氏が、ひとつの映像の記憶について話し始めます。それは「迷う」ことが単なる優柔不断ではなく、人間らしさの回復として立ち現れる瞬間でした。

深澤:
以前、脳を損傷した女性のリハビリ映像を見たことがあります。コーヒーを淹れるという課題に対して、彼女は最初、看護師さんにいわれるがまま機械的にインスタントコーヒーの粉をカップへと入れていました。しかし、リハビリを数ヶ月間続けていくと、彼女の中で「スプーンで入れようか、カップのまま入れようか」と迷いが生じ始めたのです。つまり、迷うことで人間らしさを取り戻し始めたわけですね。その瞬間、彼女の表情はそれまでとは全く異なり、人間らしさを取り戻していてとても美しく見えました。

安達:一度立ち止まり、自分の状態に「問い」を持ち、「迷う」こと。それこそが、心の柔軟性を取り戻す手がかりになるわけですね。
⚫︎ゆらぎを受け止めるということ

誰もがつい「ストレスのない状態」や「迷いのない正解」を求めてしまいがちです。しかし、適度な圧や、立ち止まって迷うことの中にも、人間らしい美しさが宿っているのです。心のゆらぎを否定せず、そのまま受け止めること。次回は、そうした心と向き合うための「デバイスのあり方」について、ふたりの対話がさらに展開していきます。

【前後の記事紹介】 
<前編>深澤直人×安達淳の対話。「心を記述する」デザインと張りの概念
<後編>脳のノイズを排して身体の声を聴く−−心とデバイスのつき合い方