三つの幸福物質が教える「絶好調」の設計図──個人と組織の幸せのつくり方

精神科医の樺沢紫苑氏へのインタビュー、最終回。これまで、メンタル不調の見落とされやすさ、脳疲労という分岐点、そして睡眠・つながり・言語化による予防について聞いてきました。最終回では、心の豊かさを「つくる」ための具体的な方法に迫ります。キーワードは、三つの幸福物質──セロトニン、オキシトシン、ドーパミン。個人の幸福から組織づくりまで、脳科学に裏打ちされた話が広がります。
⚫︎幸せとは、脳内物質が出ているかどうかである

―先生は「心の豊かさ」をどのように捉えていらっしゃいますか。

樺沢:私は『三つの幸福』という本で、幸せとは何かを脳科学的に分析しました。私たちが「幸せ」「楽しい」「嬉しい」と感じている時、脳の中では主に三つの物質が出ています。セロトニン、オキシトシン、ドーパミンです。

―それぞれどんな幸せに対応するのですか。

樺沢:セロトニンは「健康の幸福」です。朝散歩をして「気持ちいいな、清々しいな」と感じる時、座禅や瞑想で雑念が消えている時、サウナに入って「ああ気持ちいい」という時。次にオキシトシンは「つながりの幸福」です。友達や恋人とおしゃべりしている時、子どもと遊んでいる時、人とのコミュニケーションによって出る物質です。そしてドーパミンは「達成の幸福」。仕事で成果を上げた時、スポーツの試合で勝った時、給料が上がった時の激しい高揚感ですね。幸せの感情は、ほぼこの三つのどれかに分類されます。

―三つの間には順序があるのでしょうか。

樺沢:これが非常に重要なポイントで、私は「幸福のピラミッド」と呼んでいます。まず土台にセロトニン、つまり心身の健康がある。その上にオキシトシン、人とのつながりがある。その二つが満たされた上で、ドーパミン的な仕事の成果や達成がくる。ほとんどの人はこの順序を無視して、睡眠を削って仕事をする。ピラミッドの上だけが大きくなって土台がないから、崩れてしまうのです。それがメンタル疾患の発病であり、心筋梗塞や脳卒中につながるわけです。
⚫︎今日幸せかどうかが、人生を決める

―仕事を頑張れば将来幸せになれるという考え方は間違いなのでしょうか。

樺沢:「幸福の微分」という考え方をぜひお伝えしたい。たとえば80歳になった時に「自分の人生は幸せだった」と言えるようになりたいとしますね。それをどんどん遡っていくと、結局「今日幸せであるかどうか」に行き着くのです。今日の幸せが7日続けば「今週は幸せだった」になり、それが4回続けば「今月は楽しかった」になり、12回続けば「いい一年だった」になる。その逆に、「今日はつまらなかった」の繰り返しから、80歳の時に「幸せな人生だった」とは絶対になりません。

―具体的にはどうすれば「今日の幸せ」を積み重ねられるのですか。

樺沢:私がお勧めしているのが「3行ポジティブ日記」です。寝る前に、今日あった楽しかったことを3つ、1行ずつ書く。たったそれだけです。「ピークエンド理論」といって、人間の記憶にはその日のピークとエンドが強く残ります。寝る直前に楽しいことを思い出すことで、「今日は楽しい一日だった」と記憶にファイリングされるのです。

―多くの人は逆のことをしているわけですね。

樺沢:その通りです。会社で怒られたこと、失敗したことを寝る前に思い出して、それを記憶に収納している。寝る直前に考えたことが最も記憶に定着するというのは、脳科学で明らかになっています。楽しいことを考えて寝るだけで、睡眠の質も上がります。不安なことを考えると脳が興奮して寝つけなくなりますが、楽しいことを考えるとすっと眠れる。日記を書いて、そのまま布団に入る。これだけで毎日の幸福感と睡眠の質の両方が改善されます。

―日記はメタ認知の訓練にもなるのでしょうか。

樺沢:まさにそうです。日記を書くということは一日を振り返るということで、それ自体が自己洞察の時間です。現代人は忙しくて、自分と向き合う時間がほとんどない。寝る前くらいしかその時間は取れません。毎日振り返りの習慣を持つことで、普段の生活の中でも自分自身をモニタリングできるようになってくるのです。
⚫︎「ありがとう」が飛び交う組織は、すべてがうまくいく

―組織のあり方についても伺いたいのですが、会社はどうしても成果主義、つまりドーパミン寄りになりがちです。

樺沢:最近「ウェルビーイング経営」という考え方が広まりつつあります。社員が幸せな状態で仕事をするから、売上も上がって、経営者もお客さんも幸せになる。全員が幸せになるという考え方です。それを裏付ける研究が山ほど出ています。特に注目されているのが「集合的感謝」です。社内で「ありがとう」「手伝ってくれてありがとう」という感謝の言葉がたくさん飛び交っている会社は、すべてがうまくいくのです。

―具体的にはどんな効果があるのですか。

樺沢:ポジティブな言葉とネガティブな言葉の比率を調べた研究があります。ポジティブがネガティブの3倍以上の会社は非常にうまくいっていて、5倍以上になると劇的に経営が改善される。エンゲージメントが高まり、離職率が下がり、欠勤や病欠が減り、集中力と生産性が上がる。しかし現実には、多くの会社でこの比率が逆転しているのではないでしょうか。

―リーダーがポジティブフィードバックを増やすことが鍵になりますね。

樺沢:「君、頑張ってるね」「この間の書類よかったよ」「昨日10時まで残業してたんだ、すごいね」。こうした事実を言語化して伝えるだけでいいのです。言われた側は「見てくれているんだ」「見守ってくれているんだ」と感じる。普段からポジティブな声がけを重ねていると信頼関係が生まれますから、いざ改善点を指摘した時にも素直に聞いてもらえるようになります。

―脳科学的にはどう説明できるのでしょうか。

樺沢:人に親切にすると、自分と相手の両方にオキシトシンが出ます。そして「ありがとう」と感謝の言葉を交わすと、セロトニンとドーパミンも出る。つまり、親切と感謝だけで三つの幸福物質がすべてコンプリートするのです。しかもセロトニンとオキシトシンには減衰がありません。朝散歩は何百回やっても気持ちいいし、赤ちゃんを100回抱っこしても最初と同じだけ幸せを感じる。一方、ドーパミン的な幸せ、つまりお金や物質的な快楽はすぐに減衰します。同じ快楽を得るのにもっと量が必要になる。だからセロトニンとオキシトシンを土台にした幸福のピラミッドが崩れないのです。
⚫︎「絶好調」を積み上げていく

健康の上に、つながりがある。つながりの上に、仕事の達成がある。この順序を守ることが、個人にとっても組織にとっても「心の豊かさ」をつくる道だと樺沢氏は語ります。その出発点は、日常のささやかな行動の中にあります。寝る前に楽しかったことを3つ書く。困っている人に手を差し伸べる。「ありがとう」と声に出す。一つひとつは小さなことですが、その積み重ねが、心豊かな毎日を──そして「絶好調」の人生を──かたちづくっていくのです。
【プロフィール】
樺沢紫苑(精神科医、作家、映画評論家)

1965年札幌生まれ。1991年、札幌医科大学医学部を卒業し、同大学神経精神医学講座に入局。2004年より米国シカゴのイリノイ大学精神科に3年間留学。帰国後、東京にて樺沢心理学研究所を設立する。「情報発信によるメンタル疾患の予防」をビジョンに掲げ、インターネット媒体を通じて精神医学・心理学・脳科学の知識や情報をわかりやすく発信している。情報発信歴は20年を超え、メールマガジン、X、Facebook、YouTube、Instagramなど複数のネット媒体で累計100万人以上のフォロワーを擁する。「日本一アウトプットする精神科医」として知られ、シリーズ累計270万部を超える『アウトプット大全』『インプット大全』(サンクチュアリ出版)をはじめ、著書は55冊に及ぶ(2026年現在)。