人間は「疲れる生き物」──機械にはない不完全さという力

人類進化学の研究者として、人類の起源から現代社会の問題までを論じる、総合地球環境学研究所所長、前・京都大学総長の山極壽一氏とMENTAGRAPH代表 安達淳による心を巡る対話。前回は「心はどこにあるのか」という問いから、人間が弱さを分かち合うことで社会を築いてきた歩みをたどりました。今回の対話では、産業革命以降に加速した「機械化する人間」の姿と、それでもなお人間に残された不完全さという強みについて、議論が深まっていきます。
⚫︎機械になろうとし始めた人間

安達:野生動物と比べると、どうにもならない弱みを人間は抱えていた。しかし、そんな弱みを助け合いながら工夫して強みに変えてきたのが人間の歴史なのに、その強みをいま失い始めている。そこに問題があるわけですね。

山極:大きく変わったのは産業革命からです。効率性や生産性を意識して、常に計画を作って管理し、計画通りに日々を遂行する。こんなのは人間のロボット化じゃないですか。現代人、特に都市に暮らしている人たちは、ほとんど機械になっている。

安達:そこに今度は、機械を支配してコントロールするAIが現れた。まさにAIが人間に取って代わろうとしているのか。

山極:人間が機械になり、機械を支配するAIが人間になろうとしている。それと同時に機械になりつつある人間は、個別の判断力を失いつつある。人間とは本来、一人ひとりが異なる判断力を持っていて、だからこそそれぞれが自分の未来に目標を立てて新しい何かに取り組んでいく。これが人間の魅力だったわけです。ところが今の人間は機械のように一律化、均一化され、AIという司令塔によってみんなが同じ方向を向いて動こうとしている。これでは人間がオートマ化してしまい、個性などどこにも残らなくなってしまう。

安達:そのせいでしょうか、ビジネスも大きく変わりつつあるように感じます。

山極:いまもっとも儲かるビジネスは、モノづくりではなく人を動かすことですよ。イベントを開催して人を集めるのが、金儲けとしてもっとも手っ取り早い方法になっている。これこそAIに圧倒的に支配される世界です。

安達:何もかもが、その方向に流されてしまって大丈夫なのでしょうか。

山極:とても危険な流れだと思うね。なぜなら人間にとって、もっとも大事なものを忘れつつあるからです。要するに、人は一人ひとり違うのだと、だからこそ自分で判断するのだというのが、ヒューマニズムにおける人間の尊厳だったわけです。ところが考える行為をAIに委ねてしまい、決断もAIに任せてしまう。その結果、誰もが同じ方向に流されていく。これではもはや人間としての魅力など、どこにも残っていない。

安達:人間として大切なのは、自分の心だと思います。その大切な心を、失いつつあるのが現状だとすれば、とても危ない状況ですね。

山極:はじめにいったように、心とは誰かに、あるいは何かに出会ったときに生じるものであり、それは一人ひとり違うのです。同じものと出会っても、人によって生じる心は違ってくる。それを一律化しようとしてきたのが、近代の流れなんです。違う人たちが集まれば、個々の弱みも違う。それを補完し合うために平等という基準を設定して、社会を形作ってきたわけです。だから自由と平等とは相対立する考え方であると同時に、その二つが融和して社会を作ってもきた。

安達:だとすれば、今は自由を求めるあまり、平等がないがしろにされているのですね。格差を認めるグローバリズムには、そんな流れを感じます。

山極:とんでもない格差社会となってしまったアメリカ、あるいはそもそも封建社会だったヨーロッパも同じです。インターネットによって同じ信念を持つ人同士がつながろうとしているけれど、そのつながりには実は何の根拠もない。なぜならインターネットも、フィルターバブルやエコーチェンバーのように隠された力によって動かされているわけです。だから結果的に人間は、同じ方向に動かされているのではないか。これを私は懸念しているんです。
⚫︎人の強みは、弱みから生まれる

安達:人間が機械になっていく、一方では機械あるいはAIが人間を志向していく。そんな流れになっているのだとすれば、人間はどんどん弱くなるしかない。その弱みを活かすのが、これから大切ですね。とはいえ人間に弱みはいろいろあるはずですから、これから私たちは、どの弱みに注目すればよいのでしょうか。

山極:人間は疲れるでしょう。なんといっても生身の生き物だから、肉体の限界があり、精神面でも限界がある。だから、集中力が続かずに飽きちゃったりするわけだよね。それが人間なんですよ。一方で機械は命令された通りにいつまでも動く。持続性があるほど、その機械の性能は高いといわれる。この持続性が人間との違いで、人間には持続性がない。そんな弱みがあるからこそ、人間同士、付き合えるわけです。

安達:「人間は疲れる生き物」とは、すごくよい言葉ですね。

山極:もう一点、意見の分かれるところだけれど、AIは意識を持てるのか、という命題もあります。AI研究者の中には、そもそも意識とは情報の塊だから、情報機械であるAIは、いずれ意識を持てるようになると予想している。けれども、僕は逆だと思う。少なくとも人間は情報を、身体を通して受け取っている。言葉にしても、行為にしても、五感を通して受け取っている。これが情報を消化するという意味だ。だとすれば、AIが人間のような意識を持てたりはしないでしょうね。

安達:たしかにAIには五感はない、だから意識を持てるようにもならない。なるほど納得できます。

山極:しかもAIが使う情報というのは、最大公約数的であったり、特定のカテゴリーの中での最善の情報だったりする。これも人間とは決定的に違う。人間は善悪などだけで考えているわけではなく、好き嫌いといった曖昧な基準でも考えている。だから99%良くないとわかっている行為なのに、残りの1%を気に入ってしまったがゆえに、それをやってしまったりする。こんな理不尽というか、不条理な行為をAIはできないと思う。

安達:疲れるだけでなく、不完全性も人間の持ち味であり、それは一概に弱点とはいえないのですね。

山極:不完全性を背負っているがゆえに、人間なんですよ。その不完全性が人間関係の中にも現れるからこそ、複雑な関係性を維持できる。人間は多層的な認知を持っている。だから映画や劇を見て理解できるんです。ゴリラやチンパンジーは映画を見ても、まったく理解できないでしょう。過去の出来事や、現在の出来事でも傍観者として想像できるから、人間はさまざまな出来事に驚いたり、共感もできる。これはAIにはできない。だから人間関係をAIに扱わせたりしては、絶対にだめなんだ。

安達:それでも、人間関係も含むような事務処理までAIに任せるんだと、そんな流れもできつつあるのではないでしょうか。

山極:そこは絶対に切り分けておかないといけないね。複雑に絡み合った人間関係の処理を、AIに任せてはいけない。
⚫︎因果関係を考えるようになった人間

安達:抽象概念を操作したり、解釈する力が、人間にとって何より大切なものだとすれば、これも何かしらの弱みから生まれてきたのでしょうか。たとえば社会の中で生きていくためには、相手について考えなければならない。その結果として解釈する力が生まれたんだと、そのように理解したのですが……。

山極:そこで大きな役割を果たしているのが、言葉だと思いますね。人間は因果関係にこだわるわけです。常に物語の中にいる自分を想像してしまう。その物語というのは、因果関係から生まれるものです。何らかの原因があって、その結果何かが起こったと。

安達:たしかに因果関係を考えられるのは人間だけですね。その意味では、動物は相関関係で生きているということか。

山極:動物は、何らかの現象が起きたとき、次にどのような現象が起こるのかを経験則として理解している。これに対して人間は、実際に経験していない出来事についても、その原因を理解したくなる。つまり因果関係にこだわる。これが人間の強みであり、弱みでもある。動物は因果関係など考えたりはしませんからね。ゴリラなどを見ていると、何かの事故で手を失ったりしても、いっさいへこたれたりはしませんよ。もし手を失わなかったら、などと考えたりしないから。

安達:くよくよ考えないというのは、ある意味良い姿勢ですね。

山極:ところが、人間はくよくよ考えちゃうわけじゃないですか。目の悪い人だったら、健常な人と自分を比べてしまう。そんな発想はゴリラやチンパンジーにはありません。人間は言葉を持った、そのおかげで因果関係を考えられるようになった。そして物語を作り始めたがために、いろいろな弊害も生まれたんです。

安達:それでも機械との比較で考えれば、因果関係を考えるようになり、物語を持てるようになった点は、これからの人間にとっての大切な強みになりませんか。

山極:そうだね、物語は言葉が生まれる前からあったと思うんですね。踊りやジェスチャーなど、人間はパフォーマンスによっても物語を創れますから。その物語が、技術によってどんどん拡大されていった。それらが行き着いた先が、いまのメタバースやアバターであり、今ではアバターになればどんな物語の中にでも入っていける。しかし、その結果として生の人間社会の倫理が壊れていくことから目を背けてはいけない。そこをしっかり繋ぎ止めておかないと、メタバースの方がリアルになる危険性があります。

安達:若い人たちの間では、そんな傾向が見られますね。

山極:現実世界のほうが嘘だと。バーチャル世界の方が生き生きと活躍できたりする。そんなトレンドが発展していくと、そこから新たな倫理や論理が押し寄せてきかねない。今は、そんな事態に直面してるんだ。

安達:まるで別世界の論理が、現実世界に持ち込まれたような感覚ですね。これには何らかの規制を掛ける必要がありそうです。

山極:現代社会を考えると、僕はイヴァン・イリイチのいったコンヴィヴィアリティ、すなわち「個の自律を重視しながらも、人々が互いに支え合い、共に成長できるような社会のあり方、いわゆる自律共生」を大切にしなければいけないと思うんです。人とつながることにより、補完し合いながら生きていく。でも、現実を見ればどうでしょう。

安達:たしかにコンヴィヴィアリティの実現からは、遠い世界になっているように思えます。

山極:都心のマンションに暮らしている人たちは、決して自律などできないでしょう。生活に必要なインフラをすべてシステムに依存しているわけですからね。いまいちど、効率や生産性などの概念をひっくり返して考えてみる必要があるのではないかな。なかにはスローであるほど、自律性の高まる世界もあるわけです。だから当たり前だと思っている前提をもう一度見直しながら、自律した生活とはどのようなものなのかを考え直す。そのうえで共生するためには何が必要なのかと考える。そこでカギとなるのが、まず自分を知るメタ認知だ。そのためのツールとしてMental BatteryサービスやスマートリングMentoring 2を活用できるように思いますね。
⚫︎不完全であるがゆえの人間

人間は疲れる。飽きる。くよくよ考える──山極氏が語る人間の「弱さ」は、裏を返せば人間だけが持つ力でもありました。不完全だからこそ互いに補い合い、複雑な関係性を維持できる。しかしその力は、因果関係を考え物語を紡ぐ力と表裏一体でもあります。日を改めて行われた次回の対話では、時間の感覚と言葉の力について、さらに議論が展開していきます。
【プロフィール】
山極壽一(総合地球環境学研究所 所長)
1952年東京都生まれ。京都大学理学部卒、同大学院理学研究科博士後期課程単位取得退学。理学博士。ルワンダ共和国カリソケ研究センター客員研究員、日本モンキーセンター研究員、京都大学霊長類研究所助手、京都大学大学院理学研究科助教授、同教授、同研究科長・理学部長を経て、2020年まで第26代京都大学総長。人類進化論専攻。屋久島で野生ニホンザル、アフリカ各地で野生ゴリラの社会生態学的研究に従事。 日本霊長類学会会長、国際霊長類学会会長、日本学術会議会長、総合科学技術・イノベーション会議議員、2025年国際博覧会(大阪・関西万博)シニアアドバイザーを歴任。
現在、総合地球環境学研究所 所長を務める。南方熊楠賞、アカデミア賞受賞。著書に『人生で大事なことはみんなゴリラから教わった』(2020年、家の光協会)、『スマホを捨てたい子どもたち-野生に学ぶ「未知の時代」の生き方』(2020年、ポプラ新書)、『京大というジャングルでゴリラ学者が考えたこと』(2021年、朝日新書)、『猿声人語』(2022年、青土社)、『共感革命-社交する人類の進化と未来』(2023年、河出新書)、『森の声、ゴリラの目-人類の本質を未来につなぐ』(2024年、小学館新書)、『争いばかりの人間たちへ ゴリラの国から』(2024年、毎日新聞出版)、『老いの思考法』(2025年、文藝春秋)、『ゴリラの森で考える』(2025年、毎日新聞出版)など多数。


安達淳(MENTAGRAPH株式会社 代表取締役/日本たばこ産業株式会社 D-LAB ディレクター)
JTグループのコーポレートR&D組織であるD-LABにおいて、新規事業企画・開発を担い、MENTAGRAPH株式会社を設立。前職はUX系のコンサルティングファームで、2018年より日本たばこ産業株式会社に参画。現在に至る。